• Blog

1968読書会

ボブ・ディランやPPMが反戦歌を歌いストーンズだって「黒くぬれ」でベトナム反戦のメッセージを送ったが、中学生だったぼくは歌詞を理解できなかった。政治は街頭デモが鮮烈だったけれど、文化革命というより大きな文脈で語られ、政治に無関心な人もその時代の雰囲気に呑まれていた。大学をドロップアウトして日雇い労働者になったり、ヒッピーになって一生幻想を彷徨い続ける詩人たちもいたんだ、今では信じられないけれどね。

2018.02.02 06:02

サルトル著「自由への道」第一部を読む

かつて有名であったが今時絶対読まれないだろうという小説をぼくは好んで読むことにしている。野間宏著「青年の環」がそうだったし、ロマンロランの「ジャンクリストフ」がそうだったし、今回のサルトル著「自由への道」もそうだろう。とにかく今時の人はこんなに長い小説は最初から読む気力を失うはず...

2018.01.25 05:56

村上春樹とロマンロラン

最近「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」それと、「風の歌を聴け」を読んだ。驚いたのは処女作で現在までの小説のテーマが既にほぼ出尽くしていたことだ。ほぼ同じテーマで37年間書き続けている、、、、(手法は違えているが)「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」も鼠や直子が自...

2018.01.18 05:50

「悪魔と神」読書会

友人と二人で喫茶「ローレンス」で5回目の読書会をする。選んだ本はこれまで「星の王子さま」「デミアン」「日常生活の冒険」「テンペスト」と続き、今回は「悪魔と神」である。「テンペスト」で初めて戯曲を読み、観客と共有する舞台で演じられることを前提とした文学の味わいを体験して、それならド...

2018.01.06 05:45

1976年の挫折とジョニ・ミッチェル

1976年ジョニ・ミッチェルのこの曲を聴いていた外は吹雪いていたが、部屋は暖かで静かにこの曲が流れていたこの時までにぼくは多くのものを捨ててきた一番大事なものも捨ててきたのでこころが寒かったジョニ・ミッチェルの寂しい歌声に、かろうじて気力を乗せていた1976年に本格的に挫折し、追...

2018.01.05 05:36

定年後すぐの読書会のころ

高校の同級生で気のあった友達と読書会をやることにした。いざ街のコーヒー専門(500円以上する)喫茶店で始めて見ると、やや失望感が漂い始めた。彼の小説の読み方と私のでは当然のことながら違いが現れてくる。客観的と主観的とでもいおうか、彼にとって主人公は他者であり私にとって主人公は私な...

2018.01.04 05:19

「ハムレット」読書感想文

わが町の公民館読書会があり、今回ぼくが当番で課題本を選んでその感想を話し合う司会役となる。課題本はなんと「ハムレット」だ。シェイクスピアをこの歳になるまで読んだことがなく、今年の春に友人と二人で「テンペスト」の読書会をやって戯曲に目覚めたので、今回本丸の「ハムレット」を読もうと思...

2018.01.03 23:24

読書について

本を読んで過ごすことが退職後の基本的な生活になっているが、それだけでは何となく物足りなさを感じてしまう。しょっちゅう旅行に行けるわけではないし、この歳で一人旅をするのもいざとなると気が引けてしまう。読むというだけでは自分ひとりで終わってしまうので、読んだという事実が限りなく薄くな...

2018.01.03 01:45

1968年は中学生だった

自我が芽生える頃がほとんど中学の頃と重なるように思えるのは、多分中学に入って環境が変わり、小学校の時とは全く違うタイプの同級生との接触が自分に向き合うきっかけを作るからだと思う。小学校の同級生は同じような仲間だったのに、中学では日常的に違いに気づかされたり、場合によっては圧倒され...

2018.01.02 12:32

将来に備えた準備やひとつの向上心について

この前書くことの目的として、「将来に備えた準備やひとつの向上心」を育てることと書いた。その時おそらく将来とは自分の老後のことを指していたと思う。確実に訪れる老いについて心の準備をしておきたいと思い始めたのだろうと思う。今年65歳を迎えることの現実には何があるのだろうか?2018年...

2017.12.30 22:14

書くということ

文章を書くことで私は何かを達成させたいと考えている。私が自由に息をし、考えまたは想像し、記録し論評するような場所を書くことで確保したい。自由にというのは、今という現実の生活とか地位に関係なく遮断されてということだ。私は「そこ」では何にでもなれるし、どこからでも始められる。例えば、...

2017.12.30 11:22

僕にとっての「大衆の原像」

村上春樹が小説の読者は二種類しかいないと言った。「カラマーゾフの兄弟」や「ジャン・クリストフ」を読む読者と、読まない読者だ。僕は高校1年の晩秋に「ジャン・クリストフ」を読み始め、年を越して春に読み終わった記憶がある。屋根裏部屋のような自宅の勉強部屋でFMでクラシック音楽を聴きなが...

2017.12.30 11:07

戦争を追体験する立場

現在のぼくが第二の人生を始めるといいながら、どう生きるのか明確でなく具体的でなく自信がありませんでした。それは生き方の軸が26歳の頃からまだ変革されずに来ていることを意味していました。本を読んだり小説を書くと言ってみても、目的を訊かれると抽象的にしか答えられませんでした。学生の頃...

Copyright © 2026 1968読書会.

Powered byAmebaOwnd無料でホームページをつくろう